市制施行60周年  -桑名市の誕生-

 昭和12年(1937年)4月1日に、桑名町(現在の日進、精義、立教、城東、益世学区)と西桑名町(現在の大成、修徳、大和学区)が合併して桑名市が誕生しました。今年で満60歳、すなわち還暦です。津市、四日市市、宇治山田市(現在の伊勢市)、松阪市に続いて、県下では5番目に市となりました。当時の記録では人口約3万7,000人、面積約18km2、一般予算約6万8,000円、市職員70人、初代市長は前桑名町長の貝塚栄之助氏でした。
 
 桑名市の誕生した日のことを、当時の新聞は次のように伝えています。「絢燗(けんらん)桜花に魁(さきが)けて待望久しかった桑名市の出現は、いよいよきょう四月一日からである。歓喜と感激にどよめき、四万市民の面上にもひとしお喜悦に満ちている。この日、桑名市では午前五時、祝賀の号砲合図に国旗を掲げて祝意を表し、午前十時、貝塚市長臨時代理を始め奥山同助役ら吏員一同は県社春日神社をはじめ市内十一社に参拝、市制施行奉告祭を執行する一方、総代会では駅頭に祝賀奉祝塔を建設、軒なみに「祝市制」のポスターを張りめぐらして全市を満街飾に彩り、午後七時を期して春日神社に参拝、貝塚、松本前両町長宅を訪問して謝辞を述べ、仲介役の加藤代議士に同様謝電する。なお夜は提灯(ちょうちん)行列を行い市内を練り歩いて、記念すべききょうの佳(よ)き日を寿(ことほ)ぐ事となった。」(昭和12年4月1日付『伊勢新聞』)
 
 最初の市役所庁舎は京町にあった桑名町役場があてられました。この場所は現在京町公園となっており、「市制施行時市役所跡」の石碑が建っています。ここは江戸時代には、桑名藩の郷方役所がありました。郷方役所とは桑名藩に属する村々を管理する役所です。明治維新以後、郷方役所は廃止され、建物は明治7年2月に桑名病院として利用されました。
 桑名病院は桑名の人たちが資金を出して設立された病院で、県下最初の近代的な病院でした。明治9年に津に三重県立病院が設立され、桑名病院はその支院となり、三重県に移管されました。ところが、同年12月20日の伊勢暴動で建物は破壊されてしまいました。明治11年2月5日に西洋館造りにて再建されました。その後、県立から桑名町営に移管されましたが、そのころに新築の埋立地に移転したようです。大正5年(1916年)に民営の桑名病院となりました。
 
 一方、明治22年に誕生した桑名町の最初の役場はどこにあったのか不詳ですが、のちに京町の桑名病院跡に移ったようです。そして大正5年12月17日に新しい庁舎の落成式が行われ、18・19日は一般公開されました。経費は約1万円でした。この庁舎は昭和20年7月17日の戦災で焼失してしまいました。その後の変遷を経て、現在の庁舎は昭和48年に完成しています。
 
(元桑名市文化財保護審議会委員・西羽 晃)