郷土史研究の歴史(1) - 郷土史(郷土史研究の歴史)
【写真は、長年の研究のためとじ糸も切れてしまった「桑名市史」を手にする西羽晃先生】
 

郷土史研究の歴史(1)  -「郷土史を訪ねて」100回記念-


「郷土史を訪ねて」は平成3年(1991年)2月から始まり、先月でちょうど100回となりました。
 このコーナーを長年担当していただいている西羽晃先生は、桑名の歴史研究家として文化振興のためにご尽力いただいています。今回は100回記念として、先生の郷土史研究の歴史についてお話しいただきました。
 
 私は昭和11年(1936年)4月に神戸市で生まれました。父の経営していた工場が戦災にあったため、昭和22年に桑名へ移ってきました。益世小学校、明正中学校、桑名高校を経て、昭和30年に和歌山大学経済学部に入学しました。
 
 入学してしばらくたったころ、大学図書館で何気なく見た本に、中世末の自由都市として堺、博多、大湊と並んで桑名があげられていました。桑名が自主独立し、経済力も豊かな町であったのは、大きな驚きでした。それから私の郷土史研究が始まりました。日本経済史を専攻し、安藤精一先生の指導を受けた私は、先生から「孫引きは駄目だ、原典にあたれ。そしてどんな小さな問題でもよいから、その問題では大先生には負けないような事を研究せよ」と教えを受け、桑名の歴史研究に取り掛かりました。
 
 当時、中世の桑名を細かく研究した本はごくわずかでした。ちょうどそのころ桑名市では「桑名市史」の編集が行われていたので、その原稿を見せてもらうことができました。私はそれに負けないようにとファイトを燃やし、中世の桑名を調べて、昭和34年に「中世末の桑名に関する一考察」という卒業論文を書き上げました。
 
 卒業後は桑名に戻り、父の経営する工場に入りました。会社の仕事をしながら、桑名のために郷土史の研究に励みました。郷土史家の堀田吉雄先生、平岡潤先生、不破義幹先生、久徳高文先生、水谷新左衞門先生らから、いろいろと教えていただきました。しかし、堀田先生はご高齢となり、他の先生方は他界され、郷土史に関しての質問や原稿、講演依頼などが私に回ってきました。その都度、研究が深まりました。
 
 桑名の歴史を調べるのには「桑名市史」が大変参考になります。私の手元にある桑名市史はとじ糸も切れ、ところどころ破れてしまったほどです。
桑名市史の本編が昭和34年に出されてから、40年たちました。この間に新しい資料の発見や遺跡の発掘がなされ、桑名市史も修正すべき点が多く出てきました。いずれ新しい桑名市史が編集される機会があると期待して、私は桑名に関する資料の収集と、その解読にあたっています。しかし私一人では限界があり、組織的な体制を作らないと手に負えません。郷土史に興味があり、ともに研究してもらえるような仲間を探していますが、勤務の都合などで十分な研究時間がとれない人が多くて、まことに残念です。(次号に続く)