イギリスの建築家。明治10年日本政府の招聘に応じて来日、工部大学校造家学科の主任教授となり、日本に初めて本格的なヨーロッパ建築をもたらした人物として知られています。コンドルは教育者として辰野金吾、片山東熊などの建築家を養成する一方、工部省営繕局にも出仕し、上野博物館(1881年、現存せず)や鹿鳴館(1883年、現存せず)などの設計にたずさわり、日本近代建築界の父とも呼ばれました。

 明治23年に官職を離れた後は、東京に建築事務所を開設し、大正9年に日本で死去するまで建築設計を続けました。

 日本でコンドルが独自の折衷主義をふまえた多様な様式で設計した建築は70近くにも及びますが、現存する主なものとしては、ニコライ堂(重文、1891年)、岩崎久弥邸(現司法研修所、重文、1896年)、岩崎家高輪邸(現関東閣、1908年)、三井家網町別邸(現三井倶楽部、1913年)、島津忠重邸(現清泉女子大、1915年)、古河虎三郎邸(現大谷美術館、1917年)があります。

 また、日本建築、日本庭園、生花に関する論文によって欧米にもその名を知られています。