概況特色

 六華苑の前身である旧諸戸清六邸は、二代目諸戸清六の新居として、明治44年(1911年)着工、 大正2年(1913年)に竣工した洋館、和館、その他からなる邸宅です。木造2階建スレート葺の洋館の設計には、鹿鳴館の設計で有名なイギリス人建築家ジョサイア・コンドルがあたり、現場管理 は溝淵久万吉が務めました。コンドルがその生涯において日本で設計した建築は70近くにも及びますが、そのうち住宅建築が約半分を占めています。

 コンドルは明治37年に自邸を設計した頃から、その住宅建築のうち日本の真壁式木造と構造的にも意匠的にも共通性を持つハーフティンバー様式を多く採用するようになりますが、旧諸戸邸はそれらの様式とは異なる木造ルネサンス様式で建てられました。

 当時の洋風建築には和館が併設されることが多く、和館と洋館とは分離させ、別棟として建てられるか、あるいは洋館の一部を和室にしつらえるような場合が一般的でした。これに対し、旧諸戸邸は敷地が広かったにもかかわらず、洋館と和館とを連続配置させています。このような作例は明治40年竣工の末延邸にみられますが、末延邸の和館は洋館に比べ半分程度の規模という小さいものであり、旧諸戸邸のように大規模で本格的な和風建築が直接に接続していたものは、他にあまり例がありません。

 六華苑という名前は、平成5年の開苑にあたり市民からの公募で決まりました。「諸戸清六」の「六」と桑名を「九華」と書き記すことがあるため「華」の字を使って、「六華苑」となりました。