鎌倉時代(かまくらじだい)から室町時代(むろまちじだい)を中世といい12世紀末から16世紀末までをいいます。
この時代は、貴族(きぞく)の力が弱くなり、武士(ぶし)たちが力を持ち、鎌倉(約140年間)や室町(約240年間)に政治の中心が移行しました。
このころの桑名は員弁川(町屋川)や揖斐川・長良川・木曽川の河口部に位置する交通の要衝(ようしょう)として栄え、室町時代には、財力を持った商人たちが自治を行い「十楽(じゅうらく)の津」と呼ばれる自由に商売ができる自由湊(じゆうみなと)を運営していたようです。

篠原遺跡(しのはらいせき)や西谷遺跡(にしたにいせき)・ハサマ遺跡・天王平遺跡(てんのうびらいせき)・西金井遺跡(にしかないいせき)・山王貝塚(さんのうかいづか)・宮地中世墓群(みやちちゅうせいぼぐん)や愛宕山中世墓群(あたごやまちゅうせいぼぐん)など数多くの中世集落跡や墓の跡も数多く確認されています。篠原遺跡やハサマ遺跡は、集落の一部と思われる柱穴や井戸等の遺構(いこう)が確認されました。
このころになると土豪(どごう:地域の豪族)による桑部城(くわべじょう)・愛宕山城(あたごやまじょう)・柚井城(ゆいじょう)など多くの城が建設されています。桑部城は中でも文献(ぶんけん)も残り、発掘もされ、たいへん貴重な城です。員弁川の南岸の見晴らしのいい高台に立っており、木曽川の河口部や尾張方面を一度に見渡すことができます。

遺物はすり鉢や土鍋といった日常生活のためのもののほかに、抹茶を飲むための天目茶碗(てんもくぢゃわん)や花瓶(けびょう)などが出土しています。

篠原遺跡
篠原遺跡 全景

篠原遺跡
篠原遺跡の調査風景

柱穴
篠原遺跡の柱穴

井戸
篠原遺跡の井戸

ハサマ遺跡
ハサマ遺跡の全景

井戸
ハサマ遺跡の井戸

出土した山茶碗
ハサマ遺跡から出土した山茶碗

宮地中世墓群の石室写真
宮地中世墓群の石室

愛宕山中世墓出土の骨壷写真
愛宕山中世墓出土の骨壷